FC2ブログ
『 不屈の精神 』

DSC_7401_20200518120725427.jpg
2010年4月、僕は空手を始めました。きっかけは、とにかくスーパー超人みたいに強くなりたかったからです。最初は何も出来なくて、しょっちゅう怒られていたように思います。上段受けができなくて谷口先生に叱られて、悔しくて悔しくてたまりませんでした。組手の稽古でも猫パンチ、蹴りはしょんべん蹴りしか出来ず、自分に腹が立ちました。でも、そんな自分に負けず一生懸命稽古した結果、年中年長と全関西大会で2連覇することが出来ました。他の大会でも入賞することが出来ました。

小学1年の後半から次第にライバルが増えてきて、早い段階で負けてしまう事が多くなっていきました。正直、真剣に気を抜かずに稽古をしているのに何故負けるんだと思っていました。しかし、改めて先輩たちの組手を見てみると、自分がやったことのない突きや蹴りを使っていてびっくりしました。そして、一日一回、何か技を真似してみようと思いました。次第に後ろ蹴りが出来たり、コンビネーションの種類も増やすことができました。そして小学4年の時、久しぶりに全関西大会と全山陰大会で優勝することができました。

小学6年の全日本青少年大会で準優勝し、世界大会に出場しましたが、結果を出せなくて悔しかったけれど、ワッペンを付けて、日本代表として世界に行けた事はとても良い経験になったと思っています。

型競技も幼年から大会に出場しました。小学1年から静岡西支部に出稽古させてもらい、伊熊師範のご指導を受けました。師範に教わると、もっともっと上手くなって全日本青少年大会で優勝したい気持ちが強くなりました。京都の型特訓でも谷口先生に見てもらって叱られながらも繰り返し稽古して、初優勝することが出来ました。しかし、小学2年の全日本大会、予選の型でバランスを崩して転倒してしまいました。すごくすごく悔しくて、その日京都に帰ってきてすぐに来年に向けて稽古したことを思い出します。その日から一日も休まず、お正月もお盆休みも、旅行先でも必ず型の稽古をしました。

小学3年の全日本大会では惜しくも準優勝でした。僕は出稽古に行かせてくださった谷口先生と伊熊師範の為にも絶対優勝したかったです。型の稽古はとても地味で、くり返しダメな所を修正して直せるまで何回もやりました。辞めたいと思う弱い自分と戦う稽古でした。そして小学4年の全日本大会で優勝し、それから休まず稽古を積み、小学5年6年と三連覇することができました。2017年には型の世界大会に出場し、4位に入賞出来ました。

僕が型の稽古を通して学んだ事は、稽古は絶対に裏切らない!やっただけの結果は帰ってくるし、あきらめてはいけないという事です。こうして組手と型と両方結果を出せたのは、いつも厳しく指導してもらった谷口先生と、色んな所に遠征させてくれて応援してくれた両親、いろいろなアドバイスや指導をしてくださった他支部の師範先生方、そして僕に長年ていねいにわかりやすく指導してくださった伊熊師範のおかげだと思います。すべての人に支えてもらったおかげで黒帯を締める事ができるのだと思います。

空手の技術面だけでなく、勝って驕らず負けて腐らずなど、精神面でも辛いことから逃げずに打ち克つ心を教えてくれた谷口支部長には感謝しかありません。これから僕は今まで支えてくれた方々に恥じない黒帯になって、恩返しが出来るように頑張っていきたいと思います。

押忍!!

CIMG4316_20200518132227617.jpg
スポンサーサイト



『 これまでの自分を振り返って 』

DSCPDC_0001_BURST20190414122544460_COVER.jpg
僕は4歳の時に空手を始めました。始めたきっかけは、何も習い事をしていなかった僕におばあちゃんとお母さんが勧めてくれたからです。最初は稽古に入るのが怖くて泣いていたことをなぜか今でもはっきりと覚えています。小さい時の試合の記憶はほとんど無いけど、初めて試合で優勝した時の事ははっきり覚えていて、試合が終わった後、泣いて親に飛びついた事が頭に残っています。

中学1年生の時、東京で開催された世界大会に出場しました。自分は出場出来るか出来ないかの微妙な位置にいたので、出場が決まった時はホッとしました。それまで色々な先輩や友達が世界大会に向けての稽古をするのを見たり手伝ったりしてきて、キツそうだなと思っていたけど、自分が出場するとなって稽古をすると、想像以上にキツかったです。大会では2回戦で敗退してしまい、まだまだ弱いなと感じました。

空手を始めて11年目で昇段審査を受けることが出来て、小さい頃からの夢だった黒帯になることができました。審査当日は、緊張と少し楽しさがありました。でも審査が始まると、「10人組手で倒れされないか。最後まで戦い抜けるのか」などの不安でいっぱいになりました。10人組手が始まると、周りの人達が応援してくれ、不安が無くなり目の前の相手一人一人に集中して向かい合うことができました。最後の3人から体が思うように動かずとてもしんどかったです。しかし、終わった後はしんどさよりもやり切ったという達成感の方が大きかったです。

この黒帯を取ることは、自分一人の力だけでは無理だったと思います。なぜかと言うと、稽古に行くたびに、丁寧に熱心に教えてくれた谷口先生、組手の相手やミットを持ったりしてくれた道場の友達や先輩後輩、そして何よりもここまで励まし続けさせてくれた家族が支え応援してくれたからです。そんな支えがあった事にとても感謝をしています。

黒帯を取ったから終わりではなく、ここが新しいスタートだと思って一層努力し、感謝の気持ちを忘れず、強く、優しい黒帯になれるようこれからも頑張っていきます。

押忍。

15bde95c.jpg
2017年全日本青少年大会で3位入賞!

008_201604270140191b8.jpg
棒術も得意です!

『 空手という道を選んで 』

DSC_6368.jpg
自分は年長の時に極真館に入りました。お父さんが空手を見つけて連れて行ってくれた事がきっかけです。稽古を見学した時に「ここで練習したい」と思いました。お母さんは「サッカーか野球をやってほしい」と言いましたが、空手をやりたいという好奇心が強すぎて入門してしまいました。

最初、谷口先生が先輩たちに対してとても怖かった記憶があります。しかし、稽古を続けていくうちにどんどん楽しくなっていきました。初めて出場した大阪の大会では、初戦負けしてとても悔しい思いをしましたが、空手が大好きだったので、負けても前向きになれました。試合に出場していくにつれ、優勝や準優勝が見えてきました。初めて優勝できた名古屋の大会では、嬉しすぎて号泣してしまいました。

空手を続けて練習していくと、仲間たちが増えていきました。特にMOMO道場の人達はとても面白かったです。そして試合を積んでいくことでライバルも増えていきました。自分が出場していない大会でライバルが活躍していると急に自分の中に競争心が湧いてきました。さらに、組手の稽古ではだんだんと良い戦いが出来るようになり、一段と楽しくなりました。

そして選手クラスに入りました。選手クラスは組手ばっかりで行き始めたころはとても地獄で、それがだんだんストレスになり辞めたくなりました。しかし、必死に教えてくれる先生や、日曜日に走りに連れて行ってくださる保護者さんや、何より毎日のように送迎してくれるお母さんの気持ちに応えるためにも、もう一度頑張って強くなろうと思いました。そして、小学6年生の時に全日本大会で優勝することができました。支えてくれたお父さん、お母さん、谷口先生に恩を返せたかなと思いました。中学生になって行き始めた一般クラスは、とてもキツいですが、そのお陰で強くなれている気がします。

空手を始めて9年目で迎えた昇段審査、審査の前には「10人組手で最後まで立っていられるのだろうか」と不安でいっぱいでしたが、無事やりとげて黒帯になることができました。今まで支えてくださった仲間や先生、家族には本当に感謝しています。しかし、ここで終わりではありません。これからは教える立場にもなります。自分の事も、後輩の事もしっかり見て、憧れの存在となれるよう稽古していきたいと思います。

後輩の皆さんに伝えたいことがあります。それは何事に対しても絶対に諦めないで欲しいということです。自分も何度も挫折して来ましたが、あきらめなかったからこそ、結果が残せたと思っています。だから皆さんも諦めずに頑張ってください。もう一つは、支えてくれる人達への感謝を忘れないでください。先生が何度も言ってくださっていますが、本当に大切だと思います。感謝の気持ちを忘れていない人が大会でも優勝しています。なので、親や支部長への思いは絶対に忘れないでください。

押忍!!

133_202001170011519dc.jpg
2016年KWU全世界青少年空手道選手権大会(ブルガリア) で3位入賞!


『黒帯になるまで』

僕が空手を始めたのは4歳の時です。始めたきっかけは小さかったのであまり覚えていませんが、先に姉と兄が習っていて僕もやりたくなったのかもしれません。
小学生になり試合にも少しづつ出始めました。低学年の時はなんとなく出場していましたが、学年が上がってくると負けたくないという気持ちが出てきて色々な大会に行きました。そのおかげでライバルができ、たくさんの人と知り合っていく中で強くなっていったんだと思います。
高学年になり、関東の大会や他流試合によく出ました。関東の選手は凄く強かったですし、他流派の大会はルールが違うので難しかったですが良い経験をしたと思います。

六年生の冬、モスクワで開催される国際大会に出場が決まりました。試合に出ても結果が全然出ていなかったので、出場が決まった時は凄く嬉しかったです。ここから僕の闘いが始まりました。道場の稽古はもちろんのこと、家でも稽古をしました。調子を上げるために試合にも出ました。ロシアで必ず結果を出したいと思っていたので稽古は辛くなかったですが、減量が一番辛かったです。海外での試合は初めてでしたが、仲間の応援があって優勝することができ、空手をやっていて良かったなと思いました。

今年で空手を始めて10年目、ついに昇段審査を受けることができました。10人組手は想像以上にしんどかったです。終わった後はホッとしました。ここまで頑張ってこれたのは、谷口支部長、道場の皆さん、両親、たくさんの方々のサポートがあったからこそだと思っています。本当にありがとうございました。

これからは一日一日を大切にして、稽古に励んでいきたいと思います。そして、黒帯らしく皆をまとめていきます。

CIMG3929_2018032901300149c.jpg

『 極真空手 今までを振り返って 』

僕が空手を始めたのは、小学一年生の時です。礼儀を身に付けるためお父さんに連れていかれました。最初は稽古が嫌でしたが、近所に住んでいる友達もやっていたので、やってみようかなと思いました。また、先輩や谷口先生が怖くて道場に行くのが嫌でした。しかし、やっているうちに少しづつ楽しくなって道場に行くことが楽しみになっていきました。初めて出場した支部練習試合で悔しい思いをして、それがきっかけで 「楽しいからやる」ではなく、「強くなりたいからやる」 という思いに変わり始めました。

試合に出るにつれて少しづつ結果が出るようになり、空手が一段と好きになりました。初めて優勝した中部大会では嬉しすぎて凄く泣きました。空手をやってきて良かったなと思えた瞬間でした。

試合に出るごとにライバルが沢山できるようになりました。「ライバルが今練習してる!」 と思うと自然と練習をしたくなり、どんどん練習をしました。さらに、高学年になると言われた練習に付け足したりして工夫することで、もっと勝てるようになりました。
地方大会で優勝できるようになった頃に、全日本大会でも優勝したいという気持ちになってきました。初めて全日本に出場した時は、出るだけで嬉しかったです。しかし、出場するだけで結果が出ないと何の意味もないと思い、もっと練習しないと勝てないと感じました。さらに、地方大会では準優勝が何回も続き、空手がだんだん嫌になり一時期は辞めたくなりましたが、日曜日に走りに連れて行ってくれる保護者の方や、応援してくれる人が沢山いたので、もう一度頑張ろうと思いました。

そして、小学六年生の全日本大会で優勝することができて、お父さんお母さん、谷口先生に恩返しができたなと思いました。しかし、僕は3年間世界大会に挑戦してきましたが、一度も入賞出来ていません。

中学生になって中高生クラスに行き始めました。一番最初は軽めの稽古で、意外にきつくないなと思っていました。しかし、次の稽古で僕は 「こんなにキツい稽古をするんだ」 と驚きました。でも、その稽古のおかげで一段と強くなることができました。

昇段審査を終えて、今は強くなる!上手になる!と同時に、今まで教わったことや発見したことは後輩に伝えていこうと思っています。それが僕にできる一番の恩返しだと思うからです。
今まで指導してくださった谷口先生、いつも応援してくれたお父さん、お母さんありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

押忍!!

CIMG3925.jpg


>>次のページ