『黒帯になって』

自分は今から10年前の2007年4月に空手を始めました。兄が先に空手をやっていて、その姿を見てとても「かっこいい」と思い、初めはその気持ちだけで空手を始めました。初めの時期は「楽しい」と思いながら出来ていましたが、続けていくつれて自分が思っていたものと全然違うものだと気づきました。そう思ったのは小学校に入学した頃で、「楽しくない」という思いに変わっていきました。友達より早く家に帰ってすぐに用意をして家を出る、自分の中では凄くいやな事になっていきました。そのため、低学年の頃は稽古を真剣にできていませんでした。試合で勝つことも出来ず、自分が嫌になっていました。

ちょうどその頃は兄や弟は試合でたくさん成績を出していて、自分は空手に向いてないのではないかと思いました。そんな時に谷口先生が「お前は兄弟の中ではピカイチのセンスをもっているんだぞ!努力すれば一番強くなれる!」と言われたのを覚えています。その時は本当にうれしかったです。自分はこの言葉を信じて頑張ってみようと思い熱心に稽古に打ち込みました。そのかいがあり、高学年になって初めて優勝することができ、それからたくさんの成績を出すことができました。

それからは改めて「楽しい」思うようになりました。それは試合だけでなく、自分なりに試行錯誤して練習する事や、新しい事を教わる事です。そして、周りがいるからこそ今の自分があるという事に気づかされました。先生や両親、友達といった恩師や家族などに助けてもらっているんだぞと思いました。

この事に気づいた頃、自分にとても大きなチャンスが来ました。それは「世界大会」でした。その時自分は中学1年生でした。出場が決まった時は、本当に周りの方々に感謝しきれませんでした。そして皆に恩返しがしたいと思い、一生懸命頑張りました。しかし結果は初戦反則負け。この時ほど自分を憎んだことはありません。このままでは皆に何もできていないので、「次こそは」と自分を奮い立たせました。そして翌年の世界大会への出場が決まりました。この大会では準優勝という結果で終わりました。皆は「おめでとう」と言ってくれたけど、自分は優勝したかったので本当に悔しかったです。決して満足はしていなかったけど、両親が少し喜んでくれた時はとてもうれしかったです。

そして今現在。黒帯になる事ができました。まさかあんな軽い気持ちで始めた事が、今の自分にとってとても大事な物になるとは思ってもいませんでした。でも先生は「黒帯が本当のスタートライン」と言われているのを聞いて、本当にそうだと思いました。
黒帯になり、教える立場などが多くなると思いますが、今までたくさんの方々が自分に教えてくれたように、これからは自分がたくさんの人にたくさんの事を教えていきたいです。

自分は、先生や両親にまだまだ恩返しできていないので、自分の人生をかけてでも返していきたいです。空手や谷口先生に出会えた事に感謝しています。僕は黒帯になって改めてそう思うことができました。今までありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。

押忍!!

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『昇段審査を終えて』

私は4月9日の昇段審査において初段に昇段しました。この審査を終えて、感謝の気持ちと今までを振り返ってたくさんの事を感じ、考える事ができました。

私が極真空手を始めたのは小学2年生の時でした。祖父が空手をしていたこともあり、空手に興味があったので両親にお願いして習うことになりました。稽古を始めて好きになったのが型でした。私はあまり組手が得意ではなかったので、型だけは誰にも負けないように稽古しようと心に決めました。それから型の全日本大会にも挑戦し、多くの経験をしました。

私の空手人生で一番大きな出来事は、中学生から高校生になる時の事でした。空手を通して知り合った同級生がたくさんおり、中学生の時はこのまま皆でずっと楽しく稽古が出来るのだろうと思っていました。しかし、中学から高校という環境の変化によって部活などが忙しくなる仲間が多くなりました。それによって同級生の男子が自分を残して全員辞めていってしまいました。その時はとても悩みました。でも一度始めたからには途中で投げ出したくなかったので一人でも頑張ろうと思いました。今から思うと、この時期が私の人生の大きな分岐点だったと思います。

昇段審査を終えて、他のなによりも最初に思ったのが 『感謝』 でした。私の今までの10年間は本当にたくさんの人の支えがあってのものだと痛感しました。時には厳しくも一人一人に愛情を持って指導してくださる谷口先生、楽しい時も苦しい時も共に頑張ってきた仲間達、そして何よりも私をのことをずっと励まし見守ってくれた両親の姿がありました。谷口先生は、組手が苦手だった私に型の道を教えてくださり、私の師として目標となる姿を指し示していただきました。先生との関わりの中で私は多くの事を学びました。色々なことに耳を傾けてくださったり、いつも熱心に稽古をつけてくださったりなど、本当にお世話になりました。感謝の気持ちでいっぱいです。

両親には、私が試合で負けて落ち込んでいる時や稽古で上手くいかなかった時など私を励まし支えてくれたり、数えきれないほど陰からのサポートをしてくれました。両親のサポートがなければここまで空手を続けることができなかったと思います。
私はあと二年で社会人としての人生がスタートします。両親から与えてもらった多くの事を、次は自分が返していくのだと心に決めています。初段という大きな節目まで支えてくれたことに今もこれからも感謝の気持ちでいっぱいです。

今まで本当にたくさんの人の支えがあり、ここまで稽古することができました。感謝の気持ちを持ち続けて、これからも稽古を積んで、誰からも認められるような大人になりたいです。これからも一生懸命頑張りたいと思います。

押忍。

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『 極真空手 』

自分は小学1年生の終わりに極真館に入門しました。体を動かすことが好きだった自分に、父が空手を勧めてくれたのがきっかけです。入門して最初の頃は、大きな気合も出せず、毎回の稽古がとてもしんどかったです。でも、少しづつ仲間が増えて大きな気合も出せるようになり、稽古を楽しく感じるようになりました。

初めて出場した大会では、緊張しかありませんでした。でも優勝できて、初めて勝ちの喜びを味わう事ができました。しかし、この後は思い通りにはいきませんでした。初級の部から上級の部に変わると、試合で結果を残すことができなくて苦しい日々が続きました。この時初めて 「空手をやめたい」 と思いました。そしてそれを父に言いました。すると父は、「自分が一度空手をやりたいと言ったのなら最後までやり通しなさい」 と言いました。この言葉を聞いて、自分が納得するまでやらないと後悔すると思いました。それからは気持ちを入れ換えて稽古をしました。

中学1年生の時に出場した全関西錬成大会では、久しぶりに決勝に残ることができました。決勝の相手は、自分が小さい頃から目標としていた颯志でした。颯志は世界大会や全日本大会で結果を残していて、練習試合などでは戦ったことがありましたが、地方大会では戦ったことがありませんでした。だから戦えてうれしかったです。そして試合をするとやっぱり颯志は強くて、簡単に負けてしまいました。その時はとても悔しかったです。それから必死に稽古をしました。

1年半後、ついに昇段審査を受ける事が決まりました。自分が一つの目標としていたことだったのでとても嬉しかったです。昇段審査当日、自分が昇段するにあたって、たくさんの人がお手伝いや組手の相手に来てくれました。だから悔いの残らない良い昇段審査にしようと思いました。

審査が始まる前から緊張しました。失敗したらどうしようなどの不安でいっぱいでした。しかし、周りにいたみんなが応援してくれたので少し緊張がほぐれました。いざ審査が始まると筆記・基本・移動・型・補強と順調に進んでいきました。そして最後の10人組手が始まりました。自分が想像していたよりもっとしんどかったです。三人目から息が上がっていてこのままだと危ないと感じましたが、技有りが取れて何とかいけました。後半は必死に技を出し、無事に終えることができました。そして黒帯になる事ができました。

この黒帯は、自分一人でとることは絶対にできなかったと思います。なぜなら、稽古に行くと毎回熱心に教えてくださる谷口先生。一緒に汗を流してきた道場の仲間。何より家族の支えがあったからこそだと思います。小さい時、なかなか試合で勝てなかった自分が空手を辞めたいと言った時、父が止めてくれたことを今でも感謝しています。

でもこれがまだゴールではありません。自分は黒帯いとうスタートに立っただけです。だから、これから黒帯をしめて頑張っていきます。

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『 空手道 』

僕が空手を習い始めて8年がたちます。習い始めの頃、僕は大会に出てもなかなか勝てませんでした。しかし、僕より先に習っていた晃大は、いい成果をあげていました。僕は基本から真面目にやり、晃大に勝ちたいという気持ちでやっていました。

そして、1年生の時から始まった「全関西錬成大会」。僕はこの大会で初優勝しました。それも晃大を倒して!しかし、そこから4年生までは、決勝まで行きますが勝ちきれませんでした。4年生の「大阪挑戦大会」で、僕は久しぶりの優勝をしました。この勝利から僕のモチベーションは上がります。

翌年の全日本大会では、初めての入賞をしました。この入賞のおかげで僕は達ちゃんと、韓国ソウルで行われるアジア大会に出られることになりました。僕は今まで以上に厳しい練習をし、大会に臨みました。初めて海外に行くという事もあり、緊張がたえませんでした。
大会当日、不安も背負いながら一生懸命外国人に挑みました。出場人数もかなり多い中、僕は海外初優勝しました。同時に達ちゃんも準優勝し、良い成績をもって日本に帰ることが出来ました。

僕はこの年、出る大会全部で賞をとれました。それは、勝てなかった時期にもあきらめずに続けてきたからだと思いました。勝てなかった僕を続けさせてくれた親、一緒に練習してきた道場のみんな、僕に空手だけでなく色々な事を教えてくれた先生には、感謝で頭が上がりません。

そんな僕も先日、昇段審査を受けました。晃大、侑也、達ちゃんと一緒でした。基本稽古、柔軟、補強、型、護身術、そして10人組手をしました。僕達4人は、今までの練習の成果をすべて出しました。

僕達の10人組手のために、同じ関西の仲間や、色んな支部長達が相手をしに来てくださいました。本当にうれしかったです。僕はこれから先もこの昇段審査の出来事忘れません。そして、僕の空手人生に関わってきた人に、これから先も感謝します。

みなさんのご協力と応援のおかげで見事昇段審査に受かることが出来ました。

僕はこれから先、新しく届く黒帯を巻いてがんばっていきます。

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『黒帯になるため、そしてこれから』 

僕が空手を始めたキッカケは、兄でした。兄が空手の稽古をやっているのを見ていて、楽しそうに思って自分もやってみたくなったので始めました。最初は、基本稽古、移動稽古、型稽古、ミット打ちなどをやっていて、あんまりキツくないなち思っていました。でも組手を知ると、楽だなと思っていたのがすぐに変わって、「こんなにキツイい事をするんだ」と思いました。

空手を始めて初めての試合が奈良の大会でした。決勝までは順調に勝ち進みましたが、決勝戦になると急に緊張してしまい、全く体が動かなくなってしまいました。そして一本負けをしてしまい、号泣していたのを憶えています。その時の自分は一回泣き出すと泣きやむのが遅く、表彰式までに泣きやまそうとする親は大変だったと思います。でも、初めてのトロフィーを手にした時はすごくうれしかったです。それでもやっぱり準優勝がくやしくて、次の稽古からいつも以上に練習をしました。

小学生になって「選手クラス」に入ると、今まででは考えられな位きつい練習でした。その練習で泣いたり心が折れた事が何度もありました。でもこの練習のおかげで心が強くなり、試合でも勝てる回数が増えてきました。ここまで強くなれたのは、いっしょにがんばってきた仲間、送り迎えをしてくれた母親、指導して下さってる谷口先生がいたから自分はここまで強くなれたと思います。

中学生になり先生から、「昇段審査を受けなさい」と言われた時はすごくうれしかったです。でも、それから練習がすごくきつくなり、特に10人組手のリハーサルが終わってから先生に「本番はこれの2倍くらいきついからな」と言われた時は絶望しました。

審査当日。基本稽古、移動稽古、型、組み棒、護身術、柔軟、補強と順調に進み、最後の10人組手ではトップバッターで緊張しました。最初の3人は受け返しをしっかり行い順調でした。4人目、5人目で少ししんどくなり、体が動かなくなりました。6人目、7人目まではなんとか動きましたが、8人目からしんどくなり、9人目で完全に体が動かなくなりました。でも、回りの人の声援で、10人目でラッシュをかける事ができました。終わってから先生に「がんばったな」と言われた時はすごくうれしかったです。

応援してくださった人達、組手の相手をしてくれた人達、水谷支部長、三浦支部長、舩先支部長、谷口支部長ありがとうございました。空手を始めて8年。やっとの思いで取ったこの黒帯は一生大事にしたいと思います。入門したての僕に、仲間の大切さ、礼儀の大切さを教えてくれたのは谷口先生だと思っています。これからは黒帯として恥じないようにがんばっていきたいと思います。試合の時はまたのご指導のほどよろしくお願いします。

この8年間で先生に感謝すべきことは山ほどあります。本当に心から感謝しています。ありがとうございます。これからもよろしくお願いします。

押忍!!

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