『黒帯になるまで』

僕が空手を始めたのは4歳の時です。始めたきっかけは小さかったのであまり覚えていませんが、先に姉と兄が習っていて僕もやりたくなったのかもしれません。
小学生になり試合にも少しづつ出始めました。低学年の時はなんとなく出場していましたが、学年が上がってくると負けたくないという気持ちが出てきて色々な大会に行きました。そのおかげでライバルができ、たくさんの人と知り合っていく中で強くなっていったんだと思います。
高学年になり、関東の大会や他流試合によく出ました。関東の選手は凄く強かったですし、他流派の大会はルールが違うので難しかったですが良い経験をしたと思います。

六年生の冬、モスクワで開催される国際大会に出場が決まりました。試合に出ても結果が全然出ていなかったので、出場が決まった時は凄く嬉しかったです。ここから僕の闘いが始まりました。道場の稽古はもちろんのこと、家でも稽古をしました。調子を上げるために試合にも出ました。ロシアで必ず結果を出したいと思っていたので稽古は辛くなかったですが、減量が一番辛かったです。海外での試合は初めてでしたが、仲間の応援があって優勝することができ、空手をやっていて良かったなと思いました。

今年で空手を始めて10年目、ついに昇段審査を受けることができました。10人組手は想像以上にしんどかったです。終わった後はホッとしました。ここまで頑張ってこれたのは、谷口支部長、道場の皆さん、両親、たくさんの方々のサポートがあったからこそだと思っています。本当にありがとうございました。

これからは一日一日を大切にして、稽古に励んでいきたいと思います。そして、黒帯らしく皆をまとめていきます。

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『 極真空手 今までを振り返って 』

僕が空手を始めたのは、小学一年生の時です。礼儀を身に付けるためお父さんに連れていかれました。最初は稽古が嫌でしたが、近所に住んでいる友達もやっていたので、やってみようかなと思いました。また、先輩や谷口先生が怖くて道場に行くのが嫌でした。しかし、やっているうちに少しづつ楽しくなって道場に行くことが楽しみになっていきました。初めて出場した支部練習試合で悔しい思いをして、それがきっかけで 「楽しいからやる」ではなく、「強くなりたいからやる」 という思いに変わり始めました。

試合に出るにつれて少しづつ結果が出るようになり、空手が一段と好きになりました。初めて優勝した中部大会では嬉しすぎて凄く泣きました。空手をやってきて良かったなと思えた瞬間でした。

試合に出るごとにライバルが沢山できるようになりました。「ライバルが今練習してる!」 と思うと自然と練習をしたくなり、どんどん練習をしました。さらに、高学年になると言われた練習に付け足したりして工夫することで、もっと勝てるようになりました。
地方大会で優勝できるようになった頃に、全日本大会でも優勝したいという気持ちになってきました。初めて全日本に出場した時は、出るだけで嬉しかったです。しかし、出場するだけで結果が出ないと何の意味もないと思い、もっと練習しないと勝てないと感じました。さらに、地方大会では準優勝が何回も続き、空手がだんだん嫌になり一時期は辞めたくなりましたが、日曜日に走りに連れて行ってくれる保護者の方や、応援してくれる人が沢山いたので、もう一度頑張ろうと思いました。

そして、小学六年生の全日本大会で優勝することができて、お父さんお母さん、谷口先生に恩返しができたなと思いました。しかし、僕は3年間世界大会に挑戦してきましたが、一度も入賞出来ていません。

中学生になって中高生クラスに行き始めました。一番最初は軽めの稽古で、意外にきつくないなと思っていました。しかし、次の稽古で僕は 「こんなにキツい稽古をするんだ」 と驚きました。でも、その稽古のおかげで一段と強くなることができました。

昇段審査を終えて、今は強くなる!上手になる!と同時に、今まで教わったことや発見したことは後輩に伝えていこうと思っています。それが僕にできる一番の恩返しだと思うからです。
今まで指導してくださった谷口先生、いつも応援してくれたお父さん、お母さんありがとうございました。これからもよろしくお願いします。

押忍!!

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『黒帯になって』

自分は今から10年前の2007年4月に空手を始めました。兄が先に空手をやっていて、その姿を見てとても「かっこいい」と思い、初めはその気持ちだけで空手を始めました。初めの時期は「楽しい」と思いながら出来ていましたが、続けていくつれて自分が思っていたものと全然違うものだと気づきました。そう思ったのは小学校に入学した頃で、「楽しくない」という思いに変わっていきました。友達より早く家に帰ってすぐに用意をして家を出る、自分の中では凄くいやな事になっていきました。そのため、低学年の頃は稽古を真剣にできていませんでした。試合で勝つことも出来ず、自分が嫌になっていました。

ちょうどその頃は兄や弟は試合でたくさん成績を出していて、自分は空手に向いてないのではないかと思いました。そんな時に谷口先生が「お前は兄弟の中ではピカイチのセンスをもっているんだぞ!努力すれば一番強くなれる!」と言われたのを覚えています。その時は本当にうれしかったです。自分はこの言葉を信じて頑張ってみようと思い熱心に稽古に打ち込みました。そのかいがあり、高学年になって初めて優勝することができ、それからたくさんの成績を出すことができました。

それからは改めて「楽しい」思うようになりました。それは試合だけでなく、自分なりに試行錯誤して練習する事や、新しい事を教わる事です。そして、周りがいるからこそ今の自分があるという事に気づかされました。先生や両親、友達といった恩師や家族などに助けてもらっているんだぞと思いました。

この事に気づいた頃、自分にとても大きなチャンスが来ました。それは「世界大会」でした。その時自分は中学1年生でした。出場が決まった時は、本当に周りの方々に感謝しきれませんでした。そして皆に恩返しがしたいと思い、一生懸命頑張りました。しかし結果は初戦反則負け。この時ほど自分を憎んだことはありません。このままでは皆に何もできていないので、「次こそは」と自分を奮い立たせました。そして翌年の世界大会への出場が決まりました。この大会では準優勝という結果で終わりました。皆は「おめでとう」と言ってくれたけど、自分は優勝したかったので本当に悔しかったです。決して満足はしていなかったけど、両親が少し喜んでくれた時はとてもうれしかったです。

そして今現在。黒帯になる事ができました。まさかあんな軽い気持ちで始めた事が、今の自分にとってとても大事な物になるとは思ってもいませんでした。でも先生は「黒帯が本当のスタートライン」と言われているのを聞いて、本当にそうだと思いました。
黒帯になり、教える立場などが多くなると思いますが、今までたくさんの方々が自分に教えてくれたように、これからは自分がたくさんの人にたくさんの事を教えていきたいです。

自分は、先生や両親にまだまだ恩返しできていないので、自分の人生をかけてでも返していきたいです。空手や谷口先生に出会えた事に感謝しています。僕は黒帯になって改めてそう思うことができました。今までありがとうございました。そしてこれからもよろしくお願いします。

押忍!!

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『昇段審査を終えて』

私は4月9日の昇段審査において初段に昇段しました。この審査を終えて、感謝の気持ちと今までを振り返ってたくさんの事を感じ、考える事ができました。

私が極真空手を始めたのは小学2年生の時でした。祖父が空手をしていたこともあり、空手に興味があったので両親にお願いして習うことになりました。稽古を始めて好きになったのが型でした。私はあまり組手が得意ではなかったので、型だけは誰にも負けないように稽古しようと心に決めました。それから型の全日本大会にも挑戦し、多くの経験をしました。

私の空手人生で一番大きな出来事は、中学生から高校生になる時の事でした。空手を通して知り合った同級生がたくさんおり、中学生の時はこのまま皆でずっと楽しく稽古が出来るのだろうと思っていました。しかし、中学から高校という環境の変化によって部活などが忙しくなる仲間が多くなりました。それによって同級生の男子が自分を残して全員辞めていってしまいました。その時はとても悩みました。でも一度始めたからには途中で投げ出したくなかったので一人でも頑張ろうと思いました。今から思うと、この時期が私の人生の大きな分岐点だったと思います。

昇段審査を終えて、他のなによりも最初に思ったのが 『感謝』 でした。私の今までの10年間は本当にたくさんの人の支えがあってのものだと痛感しました。時には厳しくも一人一人に愛情を持って指導してくださる谷口先生、楽しい時も苦しい時も共に頑張ってきた仲間達、そして何よりも私をのことをずっと励まし見守ってくれた両親の姿がありました。谷口先生は、組手が苦手だった私に型の道を教えてくださり、私の師として目標となる姿を指し示していただきました。先生との関わりの中で私は多くの事を学びました。色々なことに耳を傾けてくださったり、いつも熱心に稽古をつけてくださったりなど、本当にお世話になりました。感謝の気持ちでいっぱいです。

両親には、私が試合で負けて落ち込んでいる時や稽古で上手くいかなかった時など私を励まし支えてくれたり、数えきれないほど陰からのサポートをしてくれました。両親のサポートがなければここまで空手を続けることができなかったと思います。
私はあと二年で社会人としての人生がスタートします。両親から与えてもらった多くの事を、次は自分が返していくのだと心に決めています。初段という大きな節目まで支えてくれたことに今もこれからも感謝の気持ちでいっぱいです。

今まで本当にたくさんの人の支えがあり、ここまで稽古することができました。感謝の気持ちを持ち続けて、これからも稽古を積んで、誰からも認められるような大人になりたいです。これからも一生懸命頑張りたいと思います。

押忍。

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『 極真空手 』

自分は小学1年生の終わりに極真館に入門しました。体を動かすことが好きだった自分に、父が空手を勧めてくれたのがきっかけです。入門して最初の頃は、大きな気合も出せず、毎回の稽古がとてもしんどかったです。でも、少しづつ仲間が増えて大きな気合も出せるようになり、稽古を楽しく感じるようになりました。

初めて出場した大会では、緊張しかありませんでした。でも優勝できて、初めて勝ちの喜びを味わう事ができました。しかし、この後は思い通りにはいきませんでした。初級の部から上級の部に変わると、試合で結果を残すことができなくて苦しい日々が続きました。この時初めて 「空手をやめたい」 と思いました。そしてそれを父に言いました。すると父は、「自分が一度空手をやりたいと言ったのなら最後までやり通しなさい」 と言いました。この言葉を聞いて、自分が納得するまでやらないと後悔すると思いました。それからは気持ちを入れ換えて稽古をしました。

中学1年生の時に出場した全関西錬成大会では、久しぶりに決勝に残ることができました。決勝の相手は、自分が小さい頃から目標としていた颯志でした。颯志は世界大会や全日本大会で結果を残していて、練習試合などでは戦ったことがありましたが、地方大会では戦ったことがありませんでした。だから戦えてうれしかったです。そして試合をするとやっぱり颯志は強くて、簡単に負けてしまいました。その時はとても悔しかったです。それから必死に稽古をしました。

1年半後、ついに昇段審査を受ける事が決まりました。自分が一つの目標としていたことだったのでとても嬉しかったです。昇段審査当日、自分が昇段するにあたって、たくさんの人がお手伝いや組手の相手に来てくれました。だから悔いの残らない良い昇段審査にしようと思いました。

審査が始まる前から緊張しました。失敗したらどうしようなどの不安でいっぱいでした。しかし、周りにいたみんなが応援してくれたので少し緊張がほぐれました。いざ審査が始まると筆記・基本・移動・型・補強と順調に進んでいきました。そして最後の10人組手が始まりました。自分が想像していたよりもっとしんどかったです。三人目から息が上がっていてこのままだと危ないと感じましたが、技有りが取れて何とかいけました。後半は必死に技を出し、無事に終えることができました。そして黒帯になる事ができました。

この黒帯は、自分一人でとることは絶対にできなかったと思います。なぜなら、稽古に行くと毎回熱心に教えてくださる谷口先生。一緒に汗を流してきた道場の仲間。何より家族の支えがあったからこそだと思います。小さい時、なかなか試合で勝てなかった自分が空手を辞めたいと言った時、父が止めてくれたことを今でも感謝しています。

でもこれがまだゴールではありません。自分は黒帯いとうスタートに立っただけです。だから、これから黒帯をしめて頑張っていきます。

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