『黒帯までの道のり』

僕が空手を始めたのは、小学校2年生の八月でした。父の友人に勧められて、極真空手の門をくぐったのが始まりでした。あの頃はまだ僕も小さかったので、空手というものがここまで厳しく痛いものだとは思いませんでした。痛さのあまり稽古に行くのが嫌で母を困らせた事もありました。でも、ほとんど休むことなく道場に通いました。やっぱり空手が好きだったからだと思います。

僕にとっての初めての大きな大会は、全日本青少年の新人戦でした。緊張していたのを覚えています。結果は3位でしたが、初めて入賞し、トロフィーを手にすることができました。あの時の感動は今でも忘れることが出来ません。残念ながら、その後は何度か全日本に出場しましたが、良い成績を残すことは出来ませんでした。でも、試合に出場するたびに、道場の仲間とのつながりが深くなっていったように思います。他の支部の友達もたくさん出来ました。空手は自分を鍛えるだけでなく、たくさんの友をくれました。僕が試合で折れそうになった時も、仲間の声で救われたことがたくさんありました。それは、いつも辛くしんどい練習を共にやってきたからこそ、仲間の声がどんなに追い込まれた時でも聞こえるのだと思います。僕はこの七年間あまりで、たくさんの仲間に出会うことが出来ました。空手を通して出会った人たちのことは一生忘れないと思います。

また、選手クラスではとても過酷な練習をたくさんしました。最初は5~6人でみんな涙を流しながら、補強や組手をしていたことを今でも覚えています。それから段々と人数が増えていき、にぎやかになりました。そのおかげで、どんなに厳しい練習でも一つのチームとして一丸となり、試合に向けてみんなでがんばることが出来ました。本当に選手クラスに参加できて良かったと思います。

昇段審査では、約七年間の集大成として、やってきたことを自分なりに出しきれたと思います。特に、最後の10人組手では、自分の持ってる力を出しきれたと思います。8人目あたりから体力の限界で、ただ我武者羅に打つことしか出来ませんでした。でも、10人組手を終えた時の達成感は、今までの何よりも勝っていました。その時、「心から空手をやっていて良かった」と思いました。10人組手の相手をしてくれた道場生、応援してくれた道場生、本当にありがとうございました。

昔は、泣き虫で体も弱かった僕を、約七年間ご指導して下さった谷口先生には本当に感謝しています。僕がここまでなれたのも、極真空手と谷口先生のおかげです。黒帯としては、まだまだ未熟ですが、これからは谷口先生に今までの恩返しをするつもりで日々精進していきたいと思います。長いようで短い七年間でしたが、これからも空手の道を進んでいきたいのでよろしくお願いします。


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